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東京高等裁判所 昭和26年(う)1617号 判決

控訴人 被告人 平田景三

弁護人 木戸実

検察官 入戸野行雄関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添附した弁護人木戸実作成名義の控訴趣意書と題する書面のとおりで、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

第一点原判決によればクロロホルム百瓩及び亜砒酸百瓩についても輸出したものと認定し、その証拠の標目中に(1) 昭和二十五年十一月十八日附大蔵事務官の差押目録(クロロホルム)(2) 同年十一月二十日附同上(亜砒酸)を掲げていることは所論のとおりである。

しかし原判決挙示の証拠によれば右クロロホルム亜砒酸もその他の貨物とともに中華民国に輸出する目的で東京都中央区所在築地魚市場岩壁から旭洋水産株式会社所有第三福徳丸に積み込み中華民国へ向け出航して同国太沽港に到達し、同地で他の貨物はこれを陸揚げしたが右物件は陸揚げする必要がなくなつたのでこれを持ち帰つたものであることを認めるに十分である。しからば貨物を輸出する目的で我国領土外に仕向けられた船に積載した以上たとえこれを外国に陸揚げせず、そのまゝ我国へ持ち帰つたとしても輸出したものと認めるべきであるから、原判決の証拠に所論持ち帰つた貨物を大蔵事務官が差押えた目録を挙げても何等理由にくい違いを生ずるものではない。論旨は理由がない。

第二点原判決によれば本件密輸出入については被告人及び原審相被告人山本祐四郎、同氏原豊司等三名が共同正犯であることを認定し、被告人だけから金二十二万九千十一円を追徴したことは所論のとおりである。しかし関税法第八十三条第一項には「犯罪に係る貨物にして犯人の所有又は占有に係るものは之を没収する」旨規定され、同条第三項はこれをうけて「没収すべき物の全部又は一部を没収すること能はざるときはその没収すること能はざる物の原価に相当する金額を犯人より追徴する」旨定められているから、共同正犯の場合であつてもその物の所有者が判明しておればその所有者である犯人から没収し又は追徴すればよいので共同正犯の全員からそれを没収し又は追徴しなければならないものではない。しかして原判決が挙示した証拠(被告人の原審公判廷における供述)によれば、本件貨物は被告人が自己の金で買いうけた物又はこれと交換したものであることが明らかであるから原審は本件貨物を被告人の所有にかゝるものと認めたので、他の共犯者からは追徴せず被告人だけから追徴したものであると認めるのが相当である。従つて、原判決には何等所論のような矛盾した判断はしてなく理由にくい違いは存しない。論旨は理由がないものである。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 石井文治 判事 鈴木勇)

弁護人の控訴趣意

第一点原判決は理由にくいちがいがある。

原判決は理由として「本件昭和二十五年十一月九日附同月十六日附及同月二十八日附各起訴状記載の公訴事実の通り」と摘示している昭和二十五年十一月二十八日附起訴状記載の公訴事実は「被告人等三名は共謀の上政府の免許を受けないで、

第一、昭和二十五年六月二十三日頃東京都中央区所在築地魚市場岩壁において、旭洋水産株式会社所有船第三福徳丸に氷醋酸四百瓩無水醋酸八百瓩亜砒酸壱千瓩、クロロホルム百瓩(此原価合計拾八万四千六百拾六円)を積荷し中華民国に向け同所を出航して輸出し」と表示しているから輸出目的物件は一、氷醋酸四百瓩二、無水醋酸八百瓩三、亜砒酸一千瓩四、クロロホルム百瓩の四種類である。

これを被告人等は第三福徳丸に積荷して中華民国に輸送したが、この間氷醋酸四百瓩、無水醋酸八百瓩亜砒酸一千瓩の内九百瓩は昭和二十五年九月九日頃中華民国太沽で陸上げ換貨処分したことは、原審援用の証拠である被告人等四名の原審公判廷の供述(第二回公判調書四四丁以下)によつて明確であると同時に亜砒酸一百瓩(二箱)とクロロホルム百瓩(五本)は陸上げも換貨処分もせずそのまゝ内地に持ち帰つたことも亦明確である。

それで原審援用の証拠である昭和二十五年十一月十八日附大蔵事務官石川茂作成の差押目録にもある通り、クロロホルム五本(百瓩)は同日東京都品川区大井伊藤町五四七〇番地旭洋水産株式会社内で差押処分を受け又同月二十日附大蔵事務官細野勇作成の差押目録にある通り、亜砒酸二桶(百瓩)は同日伊東港防波堤で差押処分を受けたものである。尚昭和二十五年十一月二十五日附大蔵事務官斎藤光義作成の犯罪物件鑑定表(記録一四八丁)第三行目表示のクロロホルム五本及亜砒酸二箱、現品有の記載によるも現実にクロロホルム百瓩(五本)と亜砒酸百瓩(二箱)の実在していたことは確認できるのである。

然らば密輸出の目的で船積して中華民国へ輸送したクロロホルム百瓩と亜砒酸千瓩の内百瓩は、その目的をはたさなかつたので持帰つたのであるから持帰りは勿論輸入でもない。従つて前記起訴状の公訴事実第二の輸入目的物件にも掲記されていない。輸出と謂ふのは国内から貨物を外国に運び出すことである。従つて本件の如く貨物を船積して国内領海を越えて外国領海内に入つたからとて陸上げもせず、積戻しもしなかつたクロロホルム及亜砒酸については輸出したものではないとみなければならない。

然るに原判決は理由に於て公訴事実をそのまま援用して、罪となるべき事実にクロロホルム百瓩及亜砒酸百瓩についても輸出したものと認定しているが、証拠に於ては前示の如く全く反対な事実が現はれているのは明かに理由にくいちがいがあるので刑事訴訟法第三七八条第四号後段に該当するものと思料する。

第二点原判決には理由にくいちがいがある。

原判決は被告人平田から金二拾二万九千拾一円を追徴した。そしてこれは密輸入の無水醋酸八百瓩の原価一〇八、四九六円氷醋酸四百瓩の原価二三、六二四円、亜砒酸九百瓩の原価三一、四九八円、落花生油六百立の原価六五、三九三円合計二二九、〇一一円を関税法第八三条第三項によつて被告人平田から追徴したものである。原審裁判所は、被告人平田景三、山本祐四郎、氏原豊司等三名は共謀の上政府の免許を受けないで密輸出入を犯したものと判示してその共謀の事実を認め、刑法第六十条を適用して共同正犯を判定している。

関税法第八三条第三項は「前二項の規定により没収すべき物の全部又は一部の没収すること能はざるときは其の没収すること能はざる物の原価(犯罪行為の用に供したる船舶なるときは其船価)に相当する金額を犯人より追徴す」と規定している。この犯人とは関税法違反者を謂ふのである。何んとなれば第八三条に定める没収又は追徴も亦関税犯に対する関税罰であるからである。そしてその犯人には同条第一項後段の如く差等が設けられていないし又特定せられていない限り、総ての犯罪者を指称するものと解さなければならないから共同正犯者は平等に其の責を負うべきである。然るに原審裁判所は被告人等三名の共同正犯を認定しながら被告人平田のみを特定して追徴を科したことは、矛盾した判断であつてその理由にくいちがいがあるといはなければならない。

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